ひだまりスケッチ 最終話「血溜まりスケッチ」

脚本:井上敏樹
絵コンテ・演出:あおきえい

OPなし



「ゆのっち〜!」
「あ……宮ちゃん」

 私の姿を見つけた宮ちゃんが駆け寄ってきます。

「どうだった?」
「ううん、それらしい人は見てないって……」
「そっか……」

 一昨日の晩───沙英さんが突然姿を消して以来、わたしたちは町中を駆け巡っていました。
 けれど、紗英さんの姿を見た人は誰もいませんでした。
 一体どこに行っちゃったんだろう……沙英さん。

「宮ちゃん。ヒロさんは?」
「まだ探すって……。隣町の方まで行っちゃった」

 沙英さんの失踪に一番ショックを受けていたのはヒロさんでした。
 ヒロさんは学校へも行かず、朝から晩まで飲まず食わずで沙英さんを探しています。
 ほがらかな笑みが印象的だったヒロさんの顔はやつれ、まるで重病を患ったかのようでした。
 最初はわたしたちも、そんなヒロさんに休むようにお願いしていたのですが、その度ヒロさんは悲しげな顔で「沙英が私の

こと待ってるかもしれないでしょ? だったら、一刻も早く見つけてあげないと……」と言い、私たちの前から走っていなく

なってしまうのです。

「ゆのっち、もう九時だよ」
「うん……そうだね」

 わたしたちもヒロさんと一緒に沙英さんを探したい気持ちはありましたが、それはできませんでした。何しろ、ヒロさんが

夜な夜な沙英さんを探していることを知られれば、学校としてはそれをやめさせなければなりません。
 ヒロさんは病気だと言って学校を休み続けています。わたしたちは、ヒロさんのためにも毎日学校に顔を出し、ヒロさんの

病気がなかなか良くならないと、嘘の報告をしなければならないのです。

 ……ひだまり荘に帰っても、以前のような楽しさはありません。
 下の階からは物音ひとつ聞こえません。隣の宮ちゃんももう寝てしまったのか、大人しくしています。
 沙英さん……早く見つかって。わたしは祈りながらベッドに入りました。



 教室に入ると、みんなのざわつきが耳につきます。
 数日前から行方不明になっている沙英さんのことは、生徒ももちろん知っていますから、そのことかと思い、わたしは耳を

塞ぎたい気持ちになりました。
 隣にいる宮ちゃんが、わたしの手をぎゅっと握りしめてくれました。だから私も、その手を握り返します。
 ……話の内容は、どうやら沙英さんのことではなかったようです。
 どうやら、今日は益子先生がお休みらしく、益子先生の授業が自習になる……という話でした。

「先生、風邪でも引いたのかな?」
「どうだろうね?」

 宮ちゃんと話ながら席に着くと、吉野屋先生がいつもの調子で教室に入ってきました。

「は〜〜いみなさ〜ん、席についてくださ〜い! いつまでもうるさくしてると……メッ! ですよ?」
「せんせ〜! 益子先生、今日お休みなんですか?」

 ───吉野屋先生はにっこりと微笑みました。
 何故だかわたしはその笑顔に恐怖を覚え、右手をぎゅっと握り締めました。
 宮ちゃんの手はそこにはありませんでした。



 放課後、わたしは一人で沙英さんを探していました。
 見上げるほど大きな桜の樹。何故か私の足はそこへと向かっていました。
 桜は前に見た時より、一層彩りを豊にし、春の到来を告げています。
 わたしはその桜の樹の下に腰掛けると、大きくため息をつきました。
 沙英さん大丈夫かな……それにヒロさんも。わたしはとりとめもなく二人のことを考えながら、桜の樹に背を預けます。

「……あれ?」

 ふと、桜の樹の下に何かが落ちていることに気づきました。
 腰を上げ、それに近づいて行くと、段々とそれが何なのかが分かっていきます。

「これ……眼鏡……?」

 わたしはその眼鏡を手にとります。
 どこかで見たことのある形です。
 もしかして沙英さんの!? と私は一瞬取り乱しましたが、よく見てみるとそれは勘違いであることがわかりました。

「確かこの眼鏡……益子先生の───」

「ゆのさん」

 ───背後からの声に思わず息を飲みました。
 振り返ると、そこにいたのは吉野屋先生でした。太陽のような笑顔で、わたしのことをじっと見つめて───。

「こんな所で何をしていたんですか?」
「あ、のっ! ここに、め、眼鏡が……」
「ふぅん……眼鏡ですか?」

 わたしは吉野屋先生に、さっき拾った眼鏡を見せました。

「こ、これ……益子先生のじゃ」
「確かに益子先生の眼鏡ですね」
「……ど、どうしてこんな所に眼鏡が?」
「ゆのさん。桜がなんで綺麗に咲くのか知っていますか?」
「え? ……し、知らないです」

 突然の質問に、わたしは面食らいました。
 そんな私を見て、吉野屋先生は少し残念そうな顔をします。

「ゆのさん。『桜の樹の下には死体が埋まっている』んですよ」
「───え?」
「桜は死体から養分を吸い取って……だからこんなにも綺麗に咲くんです」
「吉野家、先生?」
「これ、な〜んだ?」

 吉野屋先生は、ポケットから眼鏡を取り出しました。
 それは、それは見覚えのある形でした。とても、とても身近な人のつけていた───。

「沙英さんの……眼鏡……」
「ピンポンピンポーン! ゆのさん正解です!」

 わたしはハッと振り返りました。
 益子先生の眼鏡があった場所、ほんの少し他の場所より盛り上がっています。
 まるで、一度掘り返して、何かを埋めたかのように。

「たった二人ぽっちじゃ、綺麗な桜にはなりませんねぇ。先生がっかりです」
「せ、先生……沙英さんと……益子先生を……?」
「はい。夜中に呼び出して、埋めちゃいました!! あはははっ!!」

 わたしは目の前が真っ白になりました。
 沙英さん。ひだまり荘のかけがえのない先輩。
 一緒にお出かけした日、ご飯を食べた日、学校で会った日……色々な日々が思い出されては消えていきます。
 ふらふらと後ろにさがりながら、樹にもたれかかるのが精一杯でした。
 その拍子に、私はカバンを落としてしまいました。中のものが溢れ、中でもひときわ大きな音を立てたのは筆記用具入れで

した。
 ガシャンと大きな音を立てて中から飛び出したのは、鉛筆を削るために使っていた小型のナイフ。
 わたしはそれを手に取りました。

「ゆのさん。今度の新入生には、綺麗な桜を見てもらいたいですよね? 見てもらいたいですよね!? ほんのちょ〜〜っぴ

り、先生に協力してくれません?」

 わたしはナイフを右手に持ち、震えないように左手を添えました。
 吉野屋先生は一歩、また一歩と近づいてきます。
 凍えるような笑顔のまま、一歩。沙英さんを殺した手をわたしに差し伸べながら、一歩。

「ねえ、ゆのさん───」

 わたしの手には、肉を切り裂いた感触だけがありました。



 わたしは疲れきった身体を引きずりながら、ひだまり荘へと向かいました。
 沙英さんの事を、ヒロさんに教えなければならなかったからです。
 ヒロさんの事を考えると、心が重くなりますが、仕方が無いことです。

「ヒロさん? いますか?」

 この時間では、もしかしたらまだ沙英さんを探しているかもしれない。
 そう思った矢先、部屋の中から声が帰ってきました。

「いるわよ〜。どうぞ〜」

 まるでいつものヒロさんに戻ったかのような明るい声でした。
 違和感を覚えつつも、わたしはヒロさんの部屋に足を踏み入れました。

「あの……ヒロさん、お話したいことが」
「あ、ごめ〜ん。ちょっとだけ待っててね、今、沙英のご飯作ってるところだから」
「え……?」

 わたしは耳を疑いました。
 いないはずの人にご飯を作る? 
 ヒロさんの明るい口調からは「いつ帰ってきてもいいように」というような意味ではなく、まるで沙英さんが本当に帰って

きたという意味に聞こえました。
 まさか───わたしは沙英さんの部屋に向かいました。

「沙英さん!?」

 部屋には誰もいませんでした。
 一昨日の夜、沙英さんがいなくなった日のまま───いえ、ひとつだけ違うところがありました。
 沙英さんがいつも原稿を書くときに使っている机に、ちょこんと人形が置かれています。
 手作りなのでしょうか。どことなく沙英さんに似せて作られた感がありました。

「沙英〜おまたせ〜〜っ!」

 ヒロさんが入ってきました。
 ヒロさんの手には、お皿に盛られたシチューがあります。
 ですが、それを食べるはずの沙英さんはどこにもいません。

「ヒロさん……沙英さんは……?」
「もう、ゆのさんったらなに言ってるの? ここにちゃんといるじゃない」

 ───そう言いながら、ヒロさんはさっきの人形を抱きかかえました。

「まったくもう、沙英ったらまた徹夜? 締め切り前なのは分かるけど、ちゃあんと寝ないとお肌に悪いわよ? ほら、シチ

ュー作ったの。暖かいうちに食べて?」

 そう言うとヒロさんは、スプーンにシチューをすくい、人形の口元へとくっつけました。
 
「どう? おいしい? 沙英ったら私がいないとご飯いつも適当にしちゃうんだから……まったく」

 再び、シチューをすくい、人形の口へ。
 水分は人形に吸収されますが、具はボロボロと床に落ちていきます。

「もう〜〜沙英ったらはしたないわよ。ほら、口の周りにもこんなにシチューをつけて……」

 ヒロさんはそう言いながら、ハンカチで人形の口もとをぬぐいます。丁寧に丁寧に。

「あ、ゆのさんも食べる? シチューたくさん作ったから、後で宮ちゃんも呼んで、ね」
「───はい、じゃあ宮ちゃんを呼んできますね」

 わたしは沙英さんの部屋を後にしました。
 階段を登り、宮ちゃんの部屋の前に立ちます。

「宮ちゃ〜ん」
「ゆのっち〜開いてるよ〜」

 宮ちゃんの部屋は、どこもかしこも赤く染められていました。
 テーブルの上には猫の死体がありました。お腹を引き裂かれ、内臓を取り除かれて、今は皮だけになっているようです。

「宮ちゃん。それどうしたの?」
「ん〜〜? ベランダにいたから捕まえた〜」
「おいしかった?」
「うん! おいしかった〜〜。ゆのっちも食べる?」
「食べるって……もう皮だけしかないよ?」
「大丈夫、大丈夫。冷凍庫にちゃ〜んと!」

 宮ちゃんが冷凍庫を開けると、そこには五体をバラバラに切断された大家さんがありました。
 きちんとラップで巻いて、血も抜いてあるようです。

「宮ちゃん、これよく入ったね」
「結構苦労したよ〜」

 ふと、宮ちゃんは私の身体をじっと眺めました。

「ゆのっちも食べたの?」

 どうやらわたしの服についている血を見て判断したみたいです。

「ううん……まだだよ」
「そっか〜まだか〜。後でお裾分けもらえる?」
「もう、宮ちゃんってば食べ過ぎて太っちゃうよ?」
「私、太らない体質〜!」
「あははっ」



 夜。わたしたちは久しぶりに四人全員揃って食事を取りました。
 私が持ち寄った吉野屋先生は、ヒロさんが綺麗に捌いてくれて、今はお刺身として食卓に並んでいます。

「シチューとお刺身って、ちょっと食べ合わせ悪そうね」
「大丈夫大丈夫! 腹には入ればみんな同じっ!!」
「そういえば宮ちゃん、さっきお料理作ってたよね」
「ふっふっふ〜。じゃ〜〜ん! トマトスーーープ!」
「もう宮ちゃんったら、大家さんの頭を鍋に入れただけじゃない」

 ヒロさんは大家さんの頭が入った鍋を台所に持っていき、ガスコンロに設置し、着火しました。

「沸騰するまで煮込まないと、せっかくの旨みがでないでしょ〜」
「おお〜! さすがヒロさん!!」
「もう、調子いいんだから」

 その時、わたしの携帯が鳴りました。

「あ、智花ちゃんからだ」
「おお〜〜、何て? 何て?」
「えっと『今度の休みに遊びに行ってもいいですか?』だって」
「ふふ、智花ちゃんもすっかりひだまり荘の住人みたいね。ほら、沙英も嬉しいって」
「返事返しますね『みんな一緒で待ってます……』と」
「ふふ〜楽しみだね」
「うん。またご馳走作らなくちゃ」
「そうね、大家さんの肉がまだあるし、これで餃子でも作ろうかしら」
「あ、私手伝います」
「はい、は〜〜い! 私、食べるの専門〜」
「も〜〜う! 宮ちゃん!!」



 ざぶん、とわたしは湯船に体を沈めます。
 一日の疲れが嘘のように抜けていく感覚に浸っていると、今日のことが思い出されてきます。

「今日も一日大変だったけど、楽しかったぁ。やっぱりいいな、ひだまり荘!」

 大きく伸びをして、そのまま身体を左右に倒します。
 次第に気分が良くなってきて、鼻歌まで飛び出してしまう始末。

「あのあの、どんな色が今ですか〜笑顔のホワイト、涙のブル〜」

 前は聞こえてきた沙英さんの歌は聞こえてこなかった。



ED シュワーシュワー!(Hai!) シュワシュワー!(Hai!) 七色〜(Wow!)モーニングシャワー!

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