あれから───。
 意識を取り戻した透華に、一と衣はまず強烈な頭突きをもらった。
 いわく「わたくしだけをのけ者にしていちゃついた罰ですわ!」とのことだ。
 意外なことに、透華は怒ってはいなかったようだ。
 元々、須賀の交友関係が桃色なのは知っていたのだし、今更何人か増えたところで気にならなかったのかもしれない。
 とはいえ、やはり同じ家に暮らすもの同士、何か親近感が湧いたというのもあるのだろう。
 結果的に、三人は今まで以上に仲良くなれた。一人の男を共に愛すると言うことで。

「そろそろ夏休みも終わりだな」
「ああ、そうだね」

 須賀がこの家に来られるのは、期間限定。夏休みの間だけだ。

「寂しくなるが……またいつでも会えるのだ! 衣は決してわがままを言わないぞ!」
「はは、学校が違うから会いにくいだろうけど、同じ麻雀部だしな。今度は一緒に打とうぜ」

 龍門渕最強の打ち手を前にそんな台詞を吐けるのは、恐らくはこの男だけだろう。
 結果は惨敗だったとしても、恐らく須賀は過去の対戦者のように、心を痛めるようなことはないはずだ。
 なぜならば、須賀は衣の心に触れたから。彼女と言う人間の本質を理解しているのならば、きっと衣の圧倒的な強さの前でも、笑顔を絶やさずにいられるだろう。

「須賀。あのさ」
「ん? 何だ国広」
「ボクも、衣みたくさ、京太郎って……呼んでいいかな」
「お……おう。」
「きょ、京太郎」
「……はい」
「そ、そこは『何だ一』って返してくれなくちゃ」
「お、俺も名前で呼ぶのか?」
「当たり前だろっ。ボクにばっかり、恥ずかしい思いさせるなよ」
「……そ、その……悪かった……は、一」
「あ、あはは……なんかちょっと、照れる、かな」

 一ははにかんだ笑顔で須賀の正面に立つ。
 そのままきゅっと軽く抱きつくと、一の顔はちょうど須賀の胸の辺りに落ち着く。

「えへへ……胸、広いんだね」
「バ、バカ。そりゃ男だから……」
「好きな男の、でしょ」
「───っ」

 とうとう須賀は恥ずかしさに耐えられなくなったようだ。
 真っ赤になってあたふたする須賀を見ていると、一は暖かい気持ちになれた。

「───二人ともっ!」
「と、透華!」
「……抜け駆けしない」
「ご、ごめんなさい」

 三人の間には、一応のルールが設けられた。
 会うときはしっかりと、残りの二人に宣言すること。
 事後承諾ではなく、きちんと事前に言わなければ、抜け駆けとみなされる。
 
「……それにしても、名前で呼び合うのは、少しうらやましいですわね。よし、須賀京太郎! わたくしのことも、今から透華と名前で呼びなさい」

 須賀は抵抗しても無意味だと思ったのか、一の時ほどは躊躇しなかった。

「……透華さん」
「……さん?」
「と、年上じゃないっスか!」
「一も衣もそうでしょうがっ!」
「あの二人は……その……親しみやすかったというか」
「わたくしは親しみにくいとでも!?」
「わ、分かったって! と……透華っ!」
「む……ぅ。わ、分かればいいんですのよ。……京太郎さん」
「あ! ず、ずるい! 一人だけさん付けで!!」
「う、うるさいですわよ!!」

 夏休み最後の日。
 四人はそれまでのどんな一日よりも楽しく、賑やかで、忘れられない日を過ごした。
 時間は流れる。楽しい時間ほど早く。
 時計の針は既に午後四時を指していた。

「……そろそろお開きですわね」

 透華が宣言する。
 場を立てたのも透華ならば、閉めるのも透華なのは道理であった。

「京太郎さん。何だか変な縁になってしまいましたが……ありがとうございましたわ」
「よ、よして下さい。俺は別に……」
「別に、で三人同時に付き合ったりしちゃうのかな? 京太郎は」
「一……それは言わない約束で」
「うむうむ。これこそが正しい恋愛の形だ。衣は透華も一も好きだ。だから、衣が好きなきょーたろのことを、二人も好きでいてくれることは、何よりも嬉しいことだ!」
「はは……すごい解釈だ」

 全員が示し合わせたように立ち上がった。
 今から家へと帰る恋人を見送るためだ。

「いつでも連絡しますわ!」
「授業中は勘弁してください!」
「仕事の合間に、たまに遊びに行くよ」
「サボるなよ!」
「また共にゲームできる日を心待ちにしているぞ!」
「次に戦う時までに強くなってろよ!」

 玄関の大きな扉が開かれる。
 かつ、かつと靴音が響く。遠ざかる音。見えなくなっていく背中。
 三人はいつまでもそれを目で追いかけていた。



「……はぁ。大変なことになりましたわね」
「透華は特にね。京太郎のこと、本気なら色々と考えないと」
「けれども、結婚ともなると話が別でしょう? それに、対抗馬がいますし……」

 透華の頭には、何人かの女生徒の顔が浮かんでいた。
 どれもとびきりの美人。何の因果か、同じ男を愛することになった同志たちだ。

「だいじょーぶだ透華」
「衣?」
「きょーたろは接吻をすればおとなしくなる。その間に既成事実を作ってしまえば、負けることはないぞっ!」
「せ、せせせ接吻!?」

 あ、と一は声をもらしていた。
 そういえば、透華は須賀とそういった行為をしたことがあったのだろうか。
 ……そういえば、キスをした時、須賀は初めてだと言っていたような気がする。
 だとすると───。

「衣は二番手だ。最初に接吻をしていたのは一で───」
「はぁ〜じめっ!!」

 透華がキレた。
 どうやらそれ相当に譲れないものだったらしい。須賀の初めてとやらは。

「お、落ち着いて! ボクがしたのはキスだけだから! 一番大切なのは多分まだ残って」
「は、破廉恥なことを言わないで下さいましっ!!」
「(意外にウブな……)」
「と、とにかく! このことについてはこの後、しっかりと言明していただきますわ!」
「……はいはい」

 どうやら波乱は須賀がこの場からいなくなっても続くようだ。
 そうだ、お小言が終わったら久しぶりにカードマジックの練習をしよう。
 きっと須賀も面白がってくれるはずだから。
 いつかは、二人で一緒に大規模なマジックにも挑戦してみたい。
 透華の叱責される中で、一は思い描いた未来に、一人小さく笑みをこぼすのだった───。
 

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