龍門渕と清澄の部員交換が円満に終了した時、風越と鶴賀もまた、部員交換を終了させていた。
 各校特に問題もなく、それでいて本当に送った部員がランクアップしていることもあり、この制度はしばらく続けられることとなった。
 舞台は再び清澄。今回の交流は名門・風越学園と行われる。

「全国大会ではどうも、風越のキャプテン、福路美穂子です」
 
 福路美穂子。風越において最強とうたわれ、その実力は全国に出ても申し分ないだろうと言われている少女だ。
 閉じられた右目が印象的で、どこかおっとりとした雰囲気を持つ彼女は、後輩からもよく慕われている。
 二回目の部員交換。物語は今再び動き始めた。



 風越清澄との部員交換。
 本来ならば美穂子ではなく、別の部員を向かわせたほうがよかったのかもしれない。
 けれど、美穂子にはぜひとも清澄に来たい理由があった。
 竹井久。あの時とは違う苗字、けれども彼女に違いない。
 美穂子の瞳を美しいと褒めた彼女、圧倒的な強さを持ち、美穂子を苦しめた彼女。

「(確かめなくちゃ……彼女のことを)」

 けれども、それだけのために来たわけではない。
 他校の部活動に触れれば、後輩によりよい指導が出来るようになるかもしれない。何より、全国で優勝するほどの実力者たちなのだ、自分にとっても大いに勉強になることだろう。
 そう思ったのだが……。

「飽きたわね……」

 竹井はそう言うと雀卓につかず、下級生たちの闘牌を見守ることに徹していた。
 飽きた、とは麻雀のことだろうか。せっかく美穂子が来たというのに、これでは交流の意味が無い。
 しかし、美穂子にそれを咎めるような気はないし、咲や原村といった強者と打てることも楽しいはずだ。
 けれども、竹井との対局に期待していた美穂子は、やはり若干気落ちしてしまっていた。



 対局が終了し、気づけば美穂子はトップで上がっていた。
 とはいえ、二位の原村との差は微々たるもので、最後に早上がりして強引に終わらせなければ、負けていたかもしれない。
 咲は三位、そして唯一の男子部員である須賀は四位という結果だった。

「(宮永さんは、今回押さえ気味だったのかしら。あまり脅威を感じなかったけれど)」

 あの天江衣を倒したにしては、妙に普通だったので、美穂子は若干の認識のズレを覚えていた。

「もう、京ちゃんが変な打ち方するから気になっちゃったよ」

 変な打ち方?
 咲の言葉を受けて、須賀の捨て牌と最後の手牌を見る。
 ゲーム中はあまり気にしていなかったが、恐らく一度テンパイしているにも関わらず、それを崩し、もう一度組みなおしたのだろう。
 低めの役を捨て、高めの役を狙いに行ったようだ。
 確か、彼はこの部では一番の初心者であったはず。だというのに、わざわざそんな危険な橋を渡るとは、一体どういうことなんだろう。

「まあ、俺も色々考えてるってことだよ。咲にも負けないような打ち方とかさ」

 いたずらっぽく笑う須賀からは、やんちゃな子供のような印象を受けた。

「無意味です。てっきりロジカルな打ち方に転向したのかと思っていましたが、まるで部長のような打ち方じゃないですか」
「あはは……その辺り、模索中ってことで」

 氷のような原村の言葉を受けても、意に介した様子も無い須賀。
 美穂子の中での興味ランクは、竹井がトップでその他はあまり重要視していなかったのだが、なんとなくこの須賀という男のことが気になった。

「(もしかして、竹井さんが見守っているのと関係あるのかしら?)」

 美穂子はそんな疑問を抱えたまた、その日の対局を終えた。



「それでは、失礼します」

 部長が帰り、原村が帰り、そして須賀も帰ってしまい、咲と美穂子だけがこの場に残った。
 咲は部室の片隅に設置されたロッカーから、掃除用具を持ち出す。どうやら掃除当番だったらしい。

「あの、手伝うわ」

 美穂子は掃除が得意だ。
 窓を綺麗に拭く方法や、床こびり付いたしつこい汚れの落とし方など、その辺の主婦よりも詳しい。
 風越の部室を掃除するときは、常に彼女が先頭に立ち、汚れのことごとくを排除していく。
 美穂子にとって、掃除は一番身近にあるものだった。

「い、いえいえ! せっかく来ていただいてるのに、こんなことさせるわけにはいきません!」
「そ、そう?」
「はい、ここは私に任せてください。また明日」
「ええ……また明日」

 締め出されてしまった。
 強引に手伝うのも気が引けるし、咲が一人でやるといっている以上、任せたほうがいいのだろう。
 昇降口に向かうと、まだ原村が帰らずに残っていた。

「原村さん、まだ残ってたんだ」
「あ、福路さん。ええ、教室に忘れ物をしていたことを思い出しまして」
「そうなんだ」
「福路さんは、何かあったんですか?」
「ううん。掃除を手伝おうとしたら、断られちゃって」
「当たり前です。ゲストなんですから、普通はそんなことさせられません」
「あはは……そうだよね」

 それを聞いて美穂子は悲しくなった。
 部員を交換しても、結局は他校の生徒という扱い。自分は部員じゃないと言われているようなものだ。
 原村に悪気は無いのだろうが、美穂子にとっては部員とは家族同然。お前は家族じゃないと言われるのは、誰だって辛いだろう。
 けれども、美穂子はそうした負の感情を表情に出さない。
 その日も原村とは笑顔で別れたし、一人になっても愚痴をまいたりはしない。
 美穂子はそういう『抱え込む』人間なのだ。
 

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