時刻は昼。雲ひとつ無い青空が広がり、見ているだけで心が透き通るようだ。
 風越との部員交換が終了し、次なる交換の日が迫っていた。
 
「次の交換相手は鶴賀よ」
「鶴賀……決勝で喰らいついてきたところですね」

 竹井は次なる交換相手、敦賀へと向かわせる部員を決定するために、部員を徴集した。
 
「鶴賀へはまこに行ってもらうとして、他のみんなは歓迎会の準備ね」
「おどれはちょっと待て!」
「何?」
「あんたは何か恨みでもあるんか! わしばっか他校に飛ばしおって!」
「え……そうだっけ……」
「覚えとらんのか!!」

 過去二回の部員交換で飛ばされたのは、いずれも染谷まこであった。
 染谷は龍門渕の高級感溢れる雰囲気に流され、風越でのしごきにも耐え、一段とレベルアップしていたのだが、部員の誰一人としてそのことに気づいたものはいなかった。

「とにかく、もうわしは動かん!」
「えぇ……何よ、いけず」

 そうなると中々に困った話となる。
 既に敦賀へと向かわせるのを染谷に決め付けていた竹井は、その間に各部員の強化プログラムなどを考えていたのだ。染谷抜きで。
 
「……須賀くん」
「はい?」
「そういうわけなの、ちょっと鶴賀に一週間行ってくれない?」
「う〜ん、いいっすよ」
「決断早っ! でもよかった〜これであんまり悩まないですむわ」

 わずか二言で鶴賀行きを承認した須賀に気を良くしたのか、竹井は後ろから須賀に抱きついた。

「ちゃあんとご挨拶するのよ? 迷惑かけちゃだめよ?」
「分かってますって。てか、そんなにくっつかないで下さい」
「そ、そうです! 不純です部長!!」

 原村までもが非難の声を飛ばしてきたと合っては、竹井も引かざるを得なかった。

「じゃ、そういうわけで須賀くん。いってらっしゃい」
「了解っス!」

 軽い気持ちで引き受けた鶴賀行き。
 そこには一体何が待ち受けているのか。
 三度目の部員交換、その初日が今始まる。



 鶴賀学園。
 電車とバスを乗り継いでたどり着いたそこは、開放感のある、自然の美しい場所であった。
 青々とした木々が作り出す木漏れ日が、アスファルトに華を添え、吹き抜ける風が優しく頬を掠めていく。
 
「ま、つっても普通の学校だな」

 風が吹き抜ける場所くらい清澄にだってあるし、木漏れ日だって見られる。
 実のところ、特筆すべき点はあまりない場所であった。
 須賀が目指す場所はただ一つ。この鶴賀学園の麻雀部だ。
 一応、事前に校内の地図はもらっているのだが、やはり自分で見てみないと分かりにくい。
 ややあってたどり着いた部室は、これまた普通。清澄のほうがさびれている分特徴的と言ってもいいかもしれない。
 とはいえ、別段部室の特別さなど求めてきたわけでもない。求めるのは交流だ。

「失礼しまーす」

 ノックの後、須賀は麻雀部へと足を踏み入れる。
 清澄のようにクラッカーや拍手で迎え入れられることは無かったが、皆暖かい微笑を持って応対してくれた。

「よく来たね。部長の蒲原智美だ」

 小豆色の髪の毛。まあるい目。蒲原はスッと須賀の前に立つと、手を差し出した。

「清澄学園の須賀京太郎です。一週間よろしくおねがいします」

 軽く頭を下げ、差し出された手を握り返す。
 自分の手と比べると、蒲原の手の何と小さなことか。そして何と滑らかなことか。思わず須賀は赤面してしまった。

「くくっ……」

 蒲原は失笑していた。
 うぶな男子だとでも思われただろうか。須賀は恥ずかしくなった。

「三年の加治木ゆみだ。まぁ、一応部長ではないが、部を取りまとめている身となっている」
「あ、そうなんですか」
「あたしよりそういうの上手いからね」

 加治木はどこかやわらかそうな蒲原とは正反対の印象で、鋭く尖ったナイフのようだった。
 紫色のセミロング。鋭い眼光。けれども威圧しているようなものではない。恐らくいつも気を張っているのだろう。

「あ、あの。妹尾香織です」
「あぁ〜! あのスーパー初心者の」

 妹尾香織は、須賀の記憶に残るほどの戦果を残し、初心者でありながら一躍有名人となっていた。
 もっとも、そのブームも全国大会が終わるに従い、収縮していったのだが。

「……これで終わりだったか?」
「え? いや、どうだったかな……」

 加治木と蒲原が何か釈然としない顔で交わす。

「こ、ここにまだいるっすよ!」
「桃子!?」

 声が聞こえたと思ったその刹那、須賀の目の前に黒髪の女生徒が出現した。
 皮のグローブをはめ、体をひねりながら拳を握り締め、ギリギリと音をさせている。

「あ、BLACKの変身ポーズか!」
「分かってくれてよかったっす。一年の東横桃子、よろしくっす!」

 桃子はその疲れるポーズを解除し、やれやれといった表情になる。
 不思議な話だ。先ほどまで彼女のような部員は、どこを見渡してもいなかったというのに。一体いつ現れたのだろう。
 
「はは、不思議そうな顔してるね」
「蒲原部長」
「桃子はちょっと特別なことが出来るんだ。自分の存在を、他人に知覚させなくする……というと言いすぎかもしれないけど、気にされなくなる」
「へぇ……すごいな……」
「って、一発で信じちゃうの? ステルスのこと」

 にわかには信じがたい話だったが、須賀にとって超常現象、オカルトなんてものは身近にあるものであったため、特に疑うこともなく信じてしまった。
 
「うちにも部長とか咲とかいますからね」
「ああ、ありゃひどいね」

 苦笑しながら言う神原。何だかんだと、あの二人に煮え湯を飲まされてきたのだ。あまりいい思い出ではないのだろう。

「とにかく、モモはそういう子なんだ。いないように見えることもあるが、ちゃんといる」

 そう言った加治木であったが、須賀はどこか腑に落ちない。
 そもそも、最初に桃子のことを忘れていたのは蒲原と加治木、そして忘れていることを進言しなかった妹尾。つまりは全員が桃子のことを忘れていたことになる。
 ステルスと蒲原は言っていたが、だからといって部員からまで忘れられているのでは、部活もままならないのではないだろうか。
 しかし、須賀はまだ自分がここに来たばかりであることを踏まえ、恐らくたまたま忘れてしまったのだろうと考えることにした。
 疑ってばかりもいられない。須賀はここで、自分の力をアップさせなければならないのだ。

「それじゃ、これから一週間よろしくお願いします!」

 敦賀での一週間が始まった。

 

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