七日目───。
 須賀が敦賀にいられる最後の日。
 
「パーティだな」

 加治木の一言で、急遽パーティーが催された。
 各員、それぞれが料理やらケーキやらを持ち寄ったため、爆発的に食べ物の量が多い。

「買いすぎた感があるが、まあ須賀は男だ。いけるだろう」
「いやいやっ! どう見ても大食い日本一決定戦でもやるのかって量じゃないっスか!」

 加治木が量の指定をしなかったため、それぞれが『少し多めに見積もっておこう』と判断し、結果大変なこととなってしまっていた。
 和、洋、中入り乱れての料理の軍は、ちょっとやそっとの特攻ではびくともしなさそうである。

「ええい、持ってきてしまったものは仕方が無いだろう。元はと言えば、お前が男子だから皆多めに持ってきたんだぞ。罪を知れ罪を」
「ちょ、この人……」

 須賀もさすがにつっこみの言葉につまってしまった。
 もはやつっこみより、早くこの料理軍を討伐したほうがいい。須賀は自分に言い聞かせ、加治木の理不尽な発言を無視する。
 自分へのつっこみがなくなったのを確認し、加治木は宣言する。

「全員、死ぬ気で頑張れ!」

 もはやパーティーの挨拶ではなかった。
 


 圧倒的物量の前に、誰もが諦めムードでゆるやかな食事を行っている中、須賀は加治木によって盛り付けられたさまざまな料理を、常に食べ続けなければならなかった。

「加治木先輩も少しは協力してくださいよ」
「食べている。が、対岸の火事……いや、焼け石に水だ」

 ちらっと見えた本音に、須賀はやれやれと思いながらも、ひたすらに食べることをやめなかった。
 何だかんだで、こうして加治木に盛り付けてもらえるのは役得であったし、根がつっこみ気質の須賀にとって、加治木は恰好の相棒であった。

「ほら、煮物も食べるんだ」
「……誰がこれ持ってきたんスかね」
「あ、私です」
「妹尾さんか」
「おばあちゃんが煮付けてたのを持ってきたんです」
「へぇ〜」
「まあテレビの話ですけど」
「いや実物ここにあるじゃないかっ! 昔ドラえもんであった、テレビで写ってるものを取れるとりもちでも使ってるのか!?」
「須賀、つっこみはいいから早く食べろ」

 加治木が須賀に向かって箸を突き出す。
 
「口を開けろ」
「はいはい」

 ひょいと放り込まれた芋を租借していると。

「口を開けろ」

 再び放り込まれる。

「口を……」
「むりでふぁ!」
「ええい、もっとペースを上げなければ、夜になってしまうぞ!」

 無茶を言うと須賀は心の中で呟いた。
 しかし、そうした暴走気味の加治木との言い合いも楽しいものであった。

「……楽しそうっすね」

 背後にいきなり桃子の気配が現れ、須賀の背がぴんと伸びる。

「モモちゃん、いや、その」
「先輩も楽しそうで何よりです」
「わ、私は別に楽しんでなどいない。ノルマ達成のために努力しているだけだ」

 加治木がつーんとそっぽを向く。
 須賀にとってはようやくきついノルマから解放された瞬間であった。

「じゃ私も手伝います」
「えっ」
「京くん京くん。ほら、口開けて」
「嬉しいけど嫌です」
「先輩のは食べられたのに、私のは駄目とは」
「食べます!」

 須賀に選択肢は残されていないようだった。



 二時間後、やはりというか当然と言うか、料理は大半が残ってしまっていた。
 根性でケーキだけは平らげたのだが、油ものなどが強烈すぎて手が遅くならざるを得ない。

「まさかチキンで遭難する日が来るとは思わなかったよ」

 蒲原ががっくりと肩を落とし、椅子に座り込む。
 
「私ももう無理です……」

 妹尾もその隣に腰を下ろした。
 油ものにはあまり手をつけていないが、ケーキが重く、異を圧迫していた。

「京くん、私、もう無理……」

 桃子も普段の倍は食べていたが、その程度でなくなる量ではなかった。

「須賀。残すと恵まれない子供たちが夜な夜な枕元に立ってお前を脅すだろう」
「嫌なこと言わないでくださいよ!」

 加治木も限界だった。そもそも普段からあまり量を食べるタイプではなかった。
 それでも何とか頑張ってみたものの、やはり限界は突破できるものではない。
 しかし、自分が倒れたら誰がこの料理を処理するのかと、自分を奮い立たせ、何とか今の今まで立ち上がれていたのだ。
 けれども、既に満身創痍。一度座り込んでしまえば、もう二度と立つことは出来ない。
 そんな中須賀も限界を迎える。
 だが、他の部員に比べると、明らかに須賀は余裕があった。
 料理を減らすことには一生懸命であったものの、加治木たちのように死ぬほど詰め込んではいない様子だ。

「あの、よかったら持って帰ってもいいっスかね」
「その手があったか!!」

 須賀は最初から、余ったら持ち帰る腹積もりだったのだ。

「モモ、料理研究会辺りの部室に潜入し、大量のプラ容器を持ってくるんだ!」
「そうか……存在感の薄いモモなら、部室に潜入してプラ容器を持ち出すことなんて造作も無い。さすがゆみちん、真っ黒だ」
「最初に言い出したのは須賀だ!」
「と、とにかく自分が行って来ればいいんすよね。じゃ、取ってくるっす」

 かくして、二時間にわたる戦いは、家族をも巻き込んだ形へとその戦火を広げていった。



「終わっちゃいましたね」
「ん? ああ……そうだな」

 急ピッチで片づけが進められる中、桃子は須賀の横にぴったりと張り付いて離れなかった。

「前に、もし私がこのまま誰からも見えないままだったら、うちに来いって言ってくれたじゃないすか」
「ああ」
「あれって、もう無効なんすかね?」
「それはその、いや、何と言うか……」

 こうして元通りくらいの存在感に戻った桃子なら、きっと須賀に頼ることなくこの先も生きていけるのだろう。
 だが、一度言い出したことを引っ込めるのは須賀としても意気地の無いことだと思っていたし、何よりあの時の気持ちに嘘をつくことになってしまう。須賀はそれが嫌だった。

「おし! く、来るならこい!」
「ま、まじっすか」
「ばっちこい」
「ばっちこいっすか!」

 二人とも妙なテンションになってしまった。

「お前たち」
「か、加治木先輩」

 そんな二人を目ざとく見つけた加治木。

「言っておくが、まだ私はお前たちの仲を認めたわけじゃないからな」
「ええっ」
「だから……その、モモが行く時は私も行くぞ。お前の家」
「まじっすか!」
「何をされるか分からないからな! しっかりと監視してやらなければならないだろう」

 須賀はどこかほっとしていた。
 実際に二人きりになってしまったらどうしようかと思っていたのだ。
 しかし、桃子はどこか不満そうな表情だった。じっと加治木を見つめ、一人で何か納得したように頷いている。

「二人一緒っすね」
「ああそうだ。二人一緒だ。楽しい時もさびしい時も」
「恋する時も?」
「そ、そんなこと知るか!」

 赤くなった顔を見せまいと、加治木はさっと後ろ向きになる。
 
「ちなみに俺の意思は」
「最初から聞いていない」
「まったく……」
「……嫌か? 私が一緒では」

 そう言われて嫌だと言えるほど、須賀は加治木のことを嫌ってなどいなかった。むしろ、これ以上ないほどにいい話し相手であった。

「一緒でいいっスよ。三人一緒。病める時も健やかなる時も」
「か、勝手に結婚するな!!」

 わいわいと、がやがやと、喧騒の中で花開いた小さなつぼみ。
 その隣、寄り添うようにもう一つの大きなつぼみ。
 美しい二つの花々は、これからどのように咲き誇っていくのか。
 それは、いつか語られるのかもしれない。

 

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