起きる、見回り、鍛錬、食事、睡眠。以下エンドレスな生活を続けている私を、人はシグナムと呼んでいる。
 もちろん私の本名もシグナムであり、自他共に認めるシグナムであることは確実なのだが、だからといって私がシグナムであることに安心し、その名にあぐらをかいているわけではない。

「簡単に言えば、仕事がないのはテスタロッサの働きすぎのせい。このままでは私の地位が危ないということだ」

 聞くに、エリオと仲を深めたらしいテスタロッサは、それはもう獅子奮迅の活躍で、今まで以上に精力的に仕事をこなす様になったそうだ。
 その仕事というのは、私が行うはずだった実習も含まれていて、故に、それを取られてしまった私にやることがないのは必然というわけだ。

「ライトニングの副隊長としては、このままニートに扮しているわけにも行かない……早急に打開策を見つけなくては」

 そう思い、日々散策を続けているわけだが、どうにも効率的に仕事は回ってこない。
 自分の立場も邪魔してか、むやみに呼び止められることもないし、申し出てもやんわりと断られてしまうことが多い。
 まったくもって、この状態は負のスパイラルというやつなのだろう。

「む……あれは我が隊のエリオじゃないか」

 視界の先には、今日の実習が終わったのか、同じライトニング隊のエリオ・モンディアルがいる。
 どことなく、何か悩みを抱えていそうな表情をしている。
 ……同じ隊にいる者の悩みを聞くことも、副隊長の仕事だろう。

「エリオ、実習は終わったのか?」

「あ、シグナムさん。はい、今日も撃墜されて終了です……」

 なのはもテスタロッサも実習の際に手を抜かない。現状で最強の魔法使い二人がそれなのだから、当然、数の上で押している新人といえど勝てるはずはない。毎度毎度の撃墜ということだ。

「気を落とすな。撃墜されたということは、そのたびに魔法抵抗力が上がっているということだ。使った分だけ体力も魔力も上がるというものだぞ」

「その理論はFFUじゃないですか」

 暇なのでゲームをする時間が沢山あるということだ。

「しかし、何やら他にも悩みがありそうな顔だな」

 どこがどう違うと言葉で上手く言えないが、どうにも表情がいつもより暗い気がする。暇な時間、隊員の状態を見ているので、そういう変化には聡いのだ。

「そ、そんな大したことじゃないですよ。すぐ解決するようなものですし」

 エリオはこのまま言わないつもりだろう。全身からあまり言いたくないオーラが出ているのを感じる。
 だが、しかし。ここで引いたら私の仕事がまたなくなってしまう。となると、私はこの機動六課から必要のない人物という烙印を押されかねない。

「(六課から追放された場合、収入がない。しまったな……調子に乗って新作四本予約してしまっている。このままでは払えないっ!)」

 今の私にとって、収入が途絶えることほど恐ろしいことはない。
 私には戸籍がないからな……定職につけないんだよ。自分が守護騎士だということを恨むぞ。
 とにかく、今ここでエリオを逃すわけには行かない。何としてもこの悩みを解決させなければ。

「待て、私はお前が悩みを打ち明けるまで何度でも聞くぞ。つきまとうぞ。実トレ中だろうと、任務中だろうと、容赦なく聞きに行くぞ。それでもいいのか?」

「え、えっと」

「お前の仲間にも迷惑がかかるぞ。あらぬ噂も立つぞ。いつの間にか私の腹が膨らんでいたりしたら、よもや言い逃れは出来んぞ。認知しろ認知しろと詰め寄られるぞ」

「な、何を言ってるんですか!?」

「……守護騎士は妊娠するんだろうか?」

「……いや、それは本人が分からない場合、僕に聞かれても分からないんですが」

 これは永遠の命題として、心に深く刻んでおこう。

「とにかくだ、お前の悩みを打ち明けろ。私はこれでも副隊長だ。隊員の精神のケアも仕事のうちということだ」

「は、はい……分かりました」

 どうやらやっと話してくれるらしい。これで予約分の金は確保できたわけか……一安心だ。

「あ、あの。実は最近フェイトさんが忙しいみたいで」

「ん? ああ、そうだな。虎視眈々と昇給を狙っているのか知らないが、やたらと働いているな」

「はい……」

 ………………。

「え!? ちょっと待てそれが悩みかっ!」

「そ、そうですよ! だから大したことのない悩みだって言ったじゃないですかっ!」

 ご、誤算だった……。まさか自分の保護者の心配をしていて、表情を暗くしているとは思わなかった。
 解決策としては、私がテスタロッサの仕事を分担してやればいい話なのだが、あの女はそんな取引には応じない。
 つまり、この問題は解決できないということだ。

「……エリオ、何故テスタロッサが忙しいと、お前が悩む?」

「何でって、フェイトさん本当に忙しそうで、ちゃんと休んでないんじゃないかなって考えちゃいますし、それに、最近ちゃんと話も出来てませんし……」

「ふむ。ああ、なるほど。少し理解できた気がするな」

 単純に、エリオは母親が恋しい状態なのだろう。いわゆるホームシックだ。
 今までよりテスタロッサに会う回数が減って、要らない心配をするようになり、その影響で心が病んでしまっているのだろう。なら話は簡単だ。

「エリオ、明日は一応休暇になっているはずだが、予定はどうなってる?」

「え? えっと、特に何もないですよ」

「ふむ、ならば私について来てくれないか。買い物があるのだが、一人で行くのもどうかと思ってな」

「はい、いいですよ。でも、どこに行くんですか?」

「ああ……ちょっとな」





 そして休暇の時となる。滅多に袖を通さない外出着と共に、私は行く……中古ゲームショップへと。

「いやぁあ少しだけ待ってくださいって!」

「なんだ!? どうせ私のことを、一日中ゲームやってゴロゴロしてるニートだと罵りたいんだろう! ああ、そうだよその通りだよ! だがそんな言葉には聞く耳持たん!」

「ひ、被害者意識高すぎるんですよシグナムさんはっ! そんなこと思ってませんって!」

「思ってもいないのに口にするのかっ!」

「してないじゃないですか! というか、僕だって同類ですよっ! 知ってるでしょう!!」

 そう言われてみればそうだった。元はといえば、エリオから借りたゲームに私がのめり込んだのが原因だ。
 時間だけは有り余っていたので、借主を超え、自ら収集活動もするようになり……このように中古屋へと足を運ぶことも増えている。とはいえ、一般人に比べたら微々たる回数だが。

「そういえばそうだったな。ならば説明の必要もないだろう。もうやるものがないから買いに来たのだ」

「はぁ……それは分かりますけど、僕を連れて来たのって何のためなんですか?」

「うむ、気分が暗くなったときはゲームに限るからな。ゲームはいいぞ、やっている間は完全に脳が電子に直結だ」

「は、はぁ」

 渋るエリオを、半ば強引に傍らに寄せ、私はさっさと店の中へと入ることにする。
 言い争う時間があるなら、その時間分店内を散策したほうがまだ有意義なものだ。

「さて、エリオ。私は様々なジャンルを渡り歩いてきた。RPG、戦略SLG、AVG、落ちモノ、レース、パズルなどもだ」

「そうだったんですか」

 歩くスピードは緩めない。目指す先は店の奥深くだ。

「その中で一際素晴らしいジャンルを見つけてな。いや、見つけたというより、ある意味究極の形であるのだが」

「テイルズの一作ごとにつくうたい文句みたいなジャンルのことですか?」

「そんなものではない。もっと有名かつ、人の欲求に忠実なものだ」

「……だんだんオチが読めてきた気がします」

 18歳未満お断り! と書かれた幕を潜り、中へと進む。

「いや、僕はまだ18歳以上じゃないんですけど……」

「ええい、黙れ。そういう不穏当な発言をすると、六課から追放されるぞ」

「そうせざるを得ない状況を作り出したのはシグナムさんじゃないですか! よりにもよってこんな」

 ビシィ! と音でも立てそうな勢いでそこらの棚を指差すエリオ。

「エロゲーコーナーじゃないですかっ!!」

「うむ、その通りだ」
 
 今日、何故エリオをこんな場所へと連れてきたかというと、何を隠そう、彼にエロゲーを薦めるためだったからだ。
 ちゃんと理由はあるぞ。青少年の悩みは、同じ青少年に解かせるのがいいだろう。ならば学園モノのエロゲーをやればいい。恋愛だろうと性教育だろうと、余すところなく入っているのだから、遠ざける必要もない。

「して、エリオ。この無数のパッケージの中からやりたいものを見つけ出して欲しいのだが」

「いきなり言われたって出来るわけないじゃないですかっ! それに、僕年齢満たしてないですって!」

「ええい度胸のない男だ。少年、お前の設定が十歳だろうとなんだろうと、こういう場に来ると十八歳以上になる。気にせず買え」

「どんな理論ですかそれはっ! ……そ、それにパッケージが恥ずかしくて見れません」

 エロゲーのパッケージは、ギャルゲーと変わらないものもあるし、卑猥なものもあるし、ちょっと見た目にはグロテスクなものもある。それらを一望するだけでも、一般人は辛いのだろう。

「だが、そんなこともあろうかと、エリオにはすでにギャルゲーの下地を作っておいた」

「い、いや本人まったく覚えがないんですが」

「ふっ、時たま机の上によく分からない小説やマンガがおいてあっただろう」

「ええ、はい……ってあぁ! まさかっ!」

「そう、あれらは全て出展がギャルゲーだ。どうだ、全て何の疑問もなく読めただろう」

「うう……確かに面白かったです」

「うむうむ。濁った世間の目をしていては、本質に気づけないということだ。さぁ、というわけでエロゲーを買おう」

「いやいや! だからって飛躍しすぎですよ!」

「そうだな、いきなり素人がパケ買いなど、地雷を踏みに行くようなものだ。少し待て、相談する」
 
「そ、相談って……誰にですか?」

「高町なのはだ」

「ええ!?」

「あの女を侮るな。ああ見えて妹ゲーに関しては類まれなる才能を発揮しているのだぞ」

「な、何故そんなピンポイントなジャンルを?」

「さぁな。自分と照らし合わせてるのかもしれんが……」

 携帯を取り出し、短縮からなのはを呼び出す。
 仕事をしているはずなのに一コールで出る辺り、なのはの熱心さが分かるところだ。
 
『どうしたの〜? こっちはまだ仕事中なんだけど』

 間の抜けた声が返ってくる。どう考えても、仕事など他の職員に任せきりだろうに。

「ああ、エリオのことで少し相談があってな」

 なのはに今までの経緯を話す。

『ああ、だったら姉モノとか、言い寄られモノとかがいいかなぁ』

「なるほど、実体験に近いものを薦めるわけだな」

『後は順当に学園モノ。間違ってもループものとか鬱、攻略難易度の高いゲームは選んじゃダメだよ』

「心得ている。それではな」

 通話を遮断し、再び店内へと意識を戻す。
 考えてみたら、なのはは堂々と職場でエロゲーの話をしていたわけだが……大丈夫だろう、なのはなら。

「ひとまず方針が決まったので、いくつか見繕ってくる。エリオ、好みの絵師を見つけると楽しいぞ。クソゲーでもCG集になる」

「そんな知識要りません!」

 あたふたとするさまが微笑ましい。
 そんなエリオを横目に、私は早速物色を開始した。





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