買出しも終わり、私たちはそのまま管理局へと帰る。
 私としてはもう少し物色したかったのだが、エリオがはやくプレイしたそうな顔をしていたので仕方がない。

「勝手に変なモノローグ入れないで下さいっ!」

「人の心を読むな。それより、インストールは終了したか?」

 私の超ハイスペックPCは、先ほど買ってきたエロゲーのインストールに大忙しだ。
 このような目的にばかり使ってしまって申し訳がないと思っていたが、PCとは趣味の表れなのだから、何をしようと自由ではないかというのが今の考えだ。

「終わったみたいですけど……その、本当にここでやるんですか?」

「自室だといつテスタロッサがPCチェックをするか分からんぞ。見つかったら縁を切られてもやむなしだな」

 テスタロッサは性知識に関しては目ざとい。どうにも、自身にそういったトラウマがあるのだろうか、陵辱に類するワードを毛嫌いしている様子がある。
 だからといって、まともな性教育もしないでこの年までエリオを放置していたのもどうかと思う。

「(エリオもそういったものを恥ずかしいのだとは分かっているようだが……)」

「どうかしましたか?」

 見つめていると、視線に気づいたエリオがこちらを振り向いてきた。
 あまりに純真な瞳だ。あのテスタロッサの元で育ったにしては、意識もしっかりしてるし、礼儀も正しい。

「エリオ、夜にテスタロッサと話したりはしないのか」

「はい、フェイトさんも疲れてるでしょうし、僕もそんなに遅くまでは起きてられないので……」

「と、いうことはテスタロッサは本当に仕事の時くらいしか会わないわけだな」

「そうですね、最近はそんな感じです」

「……なら泊まっていけ。一人でいるのは寂しいだろう」

「い、いえ。そこまでじゃないですよ」

「いや、どのみちそうなる。ゲームを始めたら分かる」

「……そんなにのめり込みませんって」

 エリオがその言葉を撤回するのには、五分とかからなかった。





「エリオ、片手でも食べられるようにパンだ。食事を取りながらでないと、ゲームは辛いぞ」

「あ、はい。ありがとうございます」

 そう言いながらも、決してゲームからは目を離さない。
 未知の領域に入り込んだショックからか、随分と熱中しているようだ。

「12月16日の選択肢でセーブしたほうがいいぞ。そこから分岐だからな。ついでにそこが区切りの目安でもある」

「へぇ……わざわざ最初からやり直さなくってもいいんですね」

 まだまだ先は長そうだ。私は先に風呂にでも行かせてもらうことにする。
 一応声はかけたが、あの熱中のしようでは気づくまい。
 ……とりあえず今までの復習だ。
 テスタロッサが保護者として頑張っているのは認めるが、どうにも空回りに終わっているようだ。
 肝心のエリオは中々に孤独であったようだし、テスタロッサ自身、仕事尽くめでいいことなどないだろう。
 ……解決案としては、テスタロッサの仕事を減らすことが上げられるが、そうしたところでテスタロッサはまた仕事を増やすだろうということで没案となった。
 と、なればだ。その中間の点で解決してしまったらどうだろうか。

「私は副隊長だし、それなりに責任もあるんだろうしな……」

 よし。そうと決まれば善は急げだ。
 風呂から上がり、身支度を整え、まだPCに向かっているだろうエリオの元へと戻る。
 案の定、まだ区切りの悪そうな会話シーンだ。
 しばらく待つことにする。





「……エリオ、少しいいか?」

「え? あ、はい。大丈夫ですよ」

 ちょうど指定したセーブポイントに到達したので、ようやく声をかけることが出来た。
 自分で薦めておいてなんだが、正直人のプレイを見ているのは退屈だ。

「考えたんだがな。エリオ、お前夜はここに来い」

「な、何を言うんですか唐突にっ!」

「別にからかっている訳ではないぞ。テスタロッサと会えないんだったら、一人で部屋にいることもないだろう」

「寂しいのは全然大丈夫ですって」

「そうは見えないから言っている。……特に深い意味はない、ただ、同室に誰かがいればそれだけで紛れるだろう? エリオが寂しさを感じていようといまいと、ルームメイトとは楽しいものだ」

「そうなんですか?」

「疑うのであればやってみるといい。それに、ここでやりかけたゲームは、ここでしか出来ないぞ」

「そういえば……」

「寝る場所が変わるだけで、心境も大分変わるぞ。男は度胸、何でもやってみるものだ」

「はい、それじゃあお願いします!」

 エリオは礼儀正しく頭を下げる。エリオと私は、それなりの期間顔を合わせてきたのだが、どうにもこういった他人行儀な節が抜けてくれない。
 一応年齢や階級など、敬わなければならない点はあるが、だからといってプライベートにまでそれを持ち込まなくてもいいだろうと思う。

「(まぁ、それもテスタロッサの教育方針か……。私が少しずつ解していければいいのだが)」

「あ、シグナムさん。寝る場所はどうするんですか?」

「気負うことはない。私の隣にいればいい」

「ちょ、ちょっとそれは……」

「なんだ、テスタロッサの横では眠れるのに私では駄目だと言うのか。自慢ではないが、私は戦闘能力以外、テスタロッサに劣る部分などないと自負しているんだぞ」

 プロポーションは完璧だ。何せ守護騎士は太らないからな。

「そ、その……だって、恥ずかしいですよ。フェイトさんは、何か断っても勝手に入ってきちゃうから仕方なくしてるだけで、本当はすごく恥ずかしいんです!」

 顔を真っ赤にして叫ぶエリオを見ると、何とも言えない気持ちになる。
 性教育はまったくだというのに、そういったスキンシップばかり先行させているとは……うむ、精神的にかなり病むだろう。 

「なんと言うか、エリオがかわいそうな子だということはよく分かった」

「何かすごくひどいこといわれてる気がします」

「誤解だ。うむ、私はテスタロッサのように、成長を確かめるためにそこいらを触ったりくすぐったりはしないし、朝早く起きて寝顔をまじまじと観察したりもしないぞ」

「……うう、なんで知ってるんですか」

 当てずっぽうに言ったら当たってしまったのだ。まさかそんなことをしているとは夢にも思わなかったぞ。

「と、とにかくだ。私は横で寝るだけ、それは間違いない。今までが異常だっただけで、今回はまったくもって平常だ。気にするな」

「……じゃあ、分かりました」

 ややあって、エリオはようやくベッドへと潜り込んでくれた。まさしくその姿は手のかかる子供のようで、先ほどまで見せていた他人行儀な体面を少しは霞ませてくれたように見える。
 後を追い、私も使い慣れたベッドへと侵入する。他意はないのだが、横に誰かがいるという状況は今までなかっただけに、私としても若干の緊張を隠せない。
 しかし、相手は十の少年。よもやおかしな気を起こすはずもないだろう。起こすとすれば、私ではなくエリオのほうだろう。

「一応言っておくが、私の貞操は固いぞ」

「何の話ですか?」

「エロゲーを後二時間程やれば分かる」

 やはりエリオは子供だと再確認し、部屋の電気を消す。
 時計はなくとも時刻になれば自動的に目を覚ますこの体、習慣ではなく本能の類らしい。
 故に、明日は私が早く起き、エリオの寝顔を観察することになるが、それは言わぬが吉だろう。
 
「おやすみ、エリオ」

「はい、おやすみなさいシグナムさん」





 朝。目の前にはエリオの寝顔がある。手には携帯のカメラを握り、先ほどから連続撮影をして、それをすかさずなのはへと送信。以上の行為を繰り返している。
 何故唐突にそんなことをしているかというと、単純に面白そうだったからだ。

「……う、ん………って! シグナムさん何やってるんですか!?」

「ちぃ、気づいたか。だが遅い、すでに写真はなのはへと送信済みだ」

「ある意味、フェイトさんよりタチが悪いですよ……」

「まあ安心しろ。拡散アップロードはしていない。恐らく隠れエリオファンに高値で売るつもりだろう」

「そんなのいませんよ……」

 同じ隊にいるんだが。

「とりあえずおはよう」

「爽やかに言われても困ります」 

 素早く乱れた着衣を整え、顔を洗い、三分程で朝の準備を整えるエリオ。速さを自慢するだけのことはある。
 
「もうじき朝食だ。毎朝何もしないでも朝食が出てくる環境は素晴らしいな、エリオ」

「それはここに来るまでフェイトさんの朝食を作っていた僕へのあてつけですか」

 連れ添って部屋を出て、食堂へと向かう。
 私とエリオの組み合わせで食事など、あまり見れるものではないからか、すれ違う顔たちも少し驚いたような顔をしている。
 
「……ハァッ! ハァ! エリオっ!」

 随分と荒い息を吐きながら、背後から誰かが声をかけてきた。どうやら走ってきたらしい。
 振り返ると、そこには普段とは打って変わって慌てふためくテスタロッサの姿があった。

「どうかしたのか、テスタロッサ。この世の終わりのような顔をしているが」

「エ、エリオ! 昨日はどこにいたの!?」

 私の言葉など聞こえなかったように、テスタロッサはエリオに詰め寄る。
 そのあまりの形相に、エリオもさすがにたじろいだ様だ。

「あ、あの。昨日はシグナムさんのところへ」

「シグナムッ!!」

 私の名前が出た途端、猛烈な殺意を放つテスタロッサ。目は赤く、今にも飛び掛ってきそうな勢いだ。

「……昨日はエリオと遊んでいてな、その内にエリオが眠ってしまったのだ。わざわざ起こすのも悪いと思って、そのまま寝かせたということだ」

「何もしてないのっ!? ねぇ!」

「っ! ああしていない! 相手は子供だぞ!」

 いきなり胸倉をつかまれ、呼吸が止まりそうになる。
 しばらくテスタロッサは私の目をじっと睨んだ後、ゆっくりと私を下ろした。

「エリオ、ダメだよ。どこかに泊まったりする時は私に言わないと」

「で、でもフェイトさんは仕事で帰ってこないじゃないですか」

「それでもだよ。私はエリオのことちゃんと見てるんだから、今度こういうことをしたら……どうなるか分かるよね?」

 その言葉は、どうにも私に向けられたもののように聞こえたが、私には何も言い返すことが出来なかった。
 しばらく黙っていると、気が済んだのか、テスタロッサは先ほどから放っていた殺意をしまい。エリオと手を取って食堂のほうへと歩き出した。
 エリオは小さく『すいません』と謝っていたが……。

「何だというんだアレは……。過保護にも程があるぞ」

 常に自分の監視下でなければ気がすまないのか? 元はといえばテスタロッサがエリオをおざなりにしていたから、こういうことになったというのに、責められるのは私なのか?
 非常に腹が立つ。煮えくり返りそうな程に、体が熱い。
 理不尽な保護欲に対しての怒りが、私の心を狂いそうなほどに焚きつける。

「ふん、そういうことならいいさ、テスタロッサ。私は私なりのやり方で、お前に報復させてもらうからな」

 向かう先は一つ。今日も今日とて、部下を弄って一日を過ごすのであろう、スターズの隊長の下へだ。
 テスタロッサと長い時期を過ごしてきたなのはならば、ヤツへの対抗策が練れるだろう。
 私は、朝食をとることも忘れ、足を進めていく。 



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