崩れた鉄骨、ひびの入った道路、積み重なった廃ビル。これらは全て、シミュレーションのために作られた、仮想空間だ。
空間内には、スターズ、ライトニングの隊員が待機し、今日のトレーニングパートナーであるフェイトを待っている。
「いつもなのはさんとやってるから、今日はちょっと調子が狂いそうだね〜ティア」
スバルが若干緊張した面持ちで、横にいるティアナに声をかける。
「そうね。接近してもよし、離れてもよしのフェイトさんだから、あたしも困ってる」
うっとおしそうに対応するティアナも、今日の模擬戦に不安を隠せないようだ。
なにせ、普段はなのはが行うはずの戦闘訓練を、今日に限ってフェイトが担当するというのだから、その理由も気になるし、戦闘プランも練り直さなければならない。
司令塔として動くティアナにとっては、このことは非常に困惑を招いている。
「私のサポートタイミングも、かなり限定されてきますね。もし突っ込んで来られたら、その時点で私はアウトですから」
キャロに至っては、半分以上諦めの様子が見て取れた。
自分の保護者であるフェイトの力は知っているし、なにより自分との相性も知っている。突撃に対して後方支援が仕事のキャロ。相性などいいはずがない。
新人メンバーのムードは、すでに負け戦のようになっていた。
だが、一人だけは違った。
「この戦い、必ず勝ちに行きますよ!」
相棒のストラーダを片手に、気合十分といった様子のエリオ。
そのやる気に引っ張られ、次第に新人たちも元気を取り戻しつつあった。
「お、エリオは張り切ってるね! 心なしかいつもより頼りがいがある気がするよ」
「あはは、スバルさんには敵いませんよ」
「……? 何かおかしいわね。本当に魔力の桁が上がってるような……」
ティアナはエリオの状態になんとなく気づいていたが、元々、人の魔力を正確に探る能力などないだけに、思い過ごしだろうと決め付け、その考えを捨てた。
魔力の器なんて、一日二日で上昇するものではない。できるのならば、自分が既にやっていると、そう考えたためだ。
ジャリッと、砂状になったビルの亡骸を踏みつける音が響く。フェイトが到着した合図だ。
「みんな、今日はなのはがどうしてもっていうことで、私が模擬戦を行うことになりました」
フェイトの声に、新人たちの緊張はさらに高まる。
「ルールはいつも通り、私の攻撃を避けつつ、バリアを抜いて直接攻撃を通したら勝ちってことで。もちろん、私の攻撃に当たったらアウトだからね」
にこやかな表情とは裏腹に、戦闘時のフェイトは容赦がないことを新人たちは知っている。
空を自在に飛び、バルディッシュを振るい、雷を自在に操る彼女の前に、果たして一撃を打ち込むことなど出来るのだろうか。ここに来てなお、その不安は増すばかりだ。
「勝ちます。僕たち四人、力を合わせて、絶対に!」
逆に、エリオはどんどんと気迫を増していっている。
何故そこまでの自信が溢れているのかは、その場にいたもの全員が分からなかった。エリオ本人ですら、勝手に口が動いてしまったような状態だ。
そのフェイトに一矢報いそうな力強さに、不安など感じている場合ではない。新人たちの気合も呼応して高まる。
「いい、作戦はいつもと逆よ。エリオが前衛でフェイトさんを抑えて、それをあたしが射撃で援護する。スバルは遊撃で、隙を見て中距離牽制、キャロは飛び回って強化と炎で援護、いいわね?」
「OK! アタシのウィングロードで、何とかやってみる!」
「私も頑張ってお手伝いしますっ」
「それじゃあ、僕が全力で突っ込みますので、それを合図にお願いします」
「ええ、分かったわ」
作戦確認を終え、場の空気が戦うためのものへと変わっていく。
各人、デバイスを握り締め、戦闘開始の合図をじっと待つ。
「……それじゃあ、開始っ!」
フェイトのフライング気味の詠唱開始。だが、その呪文は撃たれることはない。
「うおおおぉぉぉっ!!」
猛烈なエリオのチャージを受け、フェイトの詠唱は無効化される。
即時に守りを固め、次の手に備えようとするフェイトだったが、予想以上の打撃の重さに反応が鈍ってsまう。
「(く……エリオ、随分力をつけたんだね。バリアの許容範囲ギリギリだよ!)」
そこに放たれるティアナの銃撃。牽制と攻撃、二つの意味を孕んだ三つの弾が、動きの取れないフェイトに迫る。
「ふっ!」
バルディッシュを振るい、エリオを引き離すフェイト。弾丸自体に大した威力はないため、バリアで十分に防げる。
だが、攻撃の手はそれだけで休まることはない。
「いっくぞおおおお!!」
頭上高くに舞上がったスバルが、そのまま引力に引かれながら拳を振りかざしている。
「(攻撃は拳じゃない? 火砲か!)」
一瞬の判断で、フェイトはスバルの射線上から飛び去る。空中にいる限り、フェイトが新人に後れを取ることはない。
スバルの拳から放たれた光は、フェイトの元いた場所を通過し、何もない地面へと突き刺さる。
「中々いいコンビネーションだけど、まだまだ詰めが……」
フェイトの言葉を遮るのは、まるで予想していたかのように放たれた高熱の炎だ。
背後から急速に迫るそれに、さすがのフェイトも対応が遅れる。
振り向きざまにバルディッシュで薙ぎ払い、事なきを得たが、新人たちに体制を整える時間を与えてしまった。
「(さすがに四人同時って辛いな……。でも、あの位ならまだまだ耐えられるし、負けないよね)」
実際のところ、フェイトはかけられている力のリミッターのおかげで、本来の力から2.5ランク下げられて行動している。
だから、自分と近い力を持つ新人たちとの戦いはかなり辛いもので、苦労もなく勝てるものではない。
「スバル! エリオ! そのまま突撃っ! キャロは私の弾丸を強化して!」
司令塔からの激に、三人は機敏に動く。
「スバルさん! ウィングロードで牽制をお願いします!」
「任しといてっ!」
フェイトが空中にいる限り、新人たちは常に飛び上がったり、狙いをつけて攻撃をしなければならない。
だが、ウィングロードを持つスバルだけは、そのまま殴りかかることが出来るため、そのリスクは少ないのだ。
「ウィングロード!」
青いラインが空を駆け巡る。
牽制のため、周囲を旋回したり、わざと離脱してみたりと、攻撃のタイミングを図れないようにスバルは走り続ける。
「ちょこまかと……っ!」
いかに素早いフェイトでも、敵が残り三人いる状況でたった一人のおとりを追うことはできない。背を向ければ、エリオが来るからだ。
「キャロ、お願い!」
その眼下、キャロによってティアナの能力が増強されつつある。
ティアナの弾丸では、フェイトのバリアを貫くことは出来ないが、パワーを増強しさえすれば話は変わる。
「(でも、一発、二発でどうにかなる壁じゃないわね。連続して同じ場所に打ち込まないと!)」
「ティアさん、強化完了です!」
「よしっ!」
スバルに翻弄されているフェイト目掛け、ティアナはピンポイント射撃を開始する。
腕を完全に固定し、同じ場所に連続して打ち込むことにより、強固な壁を打ち破る作戦だ。
もちろん対象が動いてしまえば、それは叶わないのだが。
「今だっ! スバルさん、同時に行きます!!」
「おうっ!」
動いた先を塞いで置くのならば、その行動は無駄ではない。
フェイトの前方にはエリオのストラーダが、後方にはスバルのリボルバーナックルが、それぞれ交差する形で襲い掛かる形となり、完全な包囲網を引いている。
取った。慎重なティアナですら、この時勝利を確信した。
射撃をかわしたことで、フェイトの体勢は崩れているし、もしも二人の交差攻撃を避けたとて、最後の砦としてキャロがいる。
「よしっ! 行ける!」
「───ザンバーフォーム」
時が凍りついたようだった。
交差地点にいたはずのフェイトは消え、瞬時にして待機していたキャロの目の前へと現れる。
「えっ……?」
「まずはサポートを潰す」
唸りを上げる大剣の前に、キャロは己の身を守るので精一杯だった。
バリアは無残に破れ、ジャケットを通してなお大きなダメージが襲い掛かる。
「あああぁぁ!!」
「キャロ!」
三人は急いで体勢を整えようとするが、ここに来てさらにフェイトは速度を上げる。
「くっ!」
スバルの後方へと、瞬時にフェイトが現れ、また一瞬にして大剣を振るう。
「まだ……まだぁ!」
ギリギリのところでスバルはマッハキャリバーに守られた。しかし、それも束の間。
「回避が遅い。それに、攻撃も隙が大きい」
息つかせぬ間に詰め寄ったフェイトの斬撃によって、儚く地面へと叩き落される。
「スバルが一瞬で!?」
「くっ! スバルさん!」
「これで二人……まだ抵抗する?」
フェイトのバリアジャケットは高速戦闘仕様にと変わり、薄くなった代わりに何倍もの速度が出せるようになっている。
更に、フェイトが所持する魔法の一つに、ソニックムーブという高速移動呪文がある。これを併用した攻撃の前では、並大抵の防御は無効化されてしまう。
「……ティアナさん」
「情けない顔するんじゃないのっ! さっきまでの勢いをなくしちゃ駄目!」
叱咤するティアナも、内心先ほどまでの勝ちムードは消えていると思っている。
だが、ここで諦めたら先に散っていった仲間に申し訳が立たないという想いから、気力を保っているのだ。
「ここまで来たら作戦なんてないわ。エリオが突っ込んであたしがサポート。正直、この一撃で勝負が決まると思う……ここに全力を集中して!」
「はいっ!」
前後一列。一撃のみに重点を置くその陣形を前にしてなお、フェイトには余裕があった。
高速飛行で攻撃は回避できる自信はあるし、中遠距離は魔法で制することができる。要はエリオさえ打ってしまえば、その時点で終わりということだ。
「行きますっ!」
「残念だけど、ここで終わりだよ」
いつの間に詠唱したのか、フェイトの周囲にはプラズマランサーが既に待機していた。放たれれば、まさに雷の如く敵を貫く呪文だ。
「なら……これでどうだ!」
「……?」
プラズマを確認した瞬間、エリオは空に向かってストラーダを投げつける。
「悪あがきは見苦しいだけだよっ!」
構わずランサーを放つフェイト。雷は真っ直ぐにエリオの元へと迫る……はずだった。
だが、その矛先はエリオが空中にはなったストラーダへと向き、迷うことなく貫く。
「な、何故!?」
「避雷針ってヤツですっ!」
落ちてきたストラーダを掴み、そこから全力の加速をかけるエリオ。
「(フェイトさんの雷が右手のストラーダに篭ってる。これをぶつければっ!)」
エリオはその右手だけでなく、左手にも力強い鼓動を感じた。
「(これは、さっき受けた魔法の力?)」
確かなのはは左利きだったな、とエリオは考えていた。
彼女から流れ込んだ力が、魔力の器を変えてなお、エリオの腕へと宿ったのだ。
「右手のストラーダと、左手にある僕の雷っ! 合わせれば……!」
加速、電力集中、さらに加速。
両手に漲る雷が、これまで以上にない力をエリオに与える。
「そのまま突っ込んで! 援護射撃は任されたわっ!」
加えてティアナの援護射撃。
退路を塞ぐことに専念した彼女の射撃は、まさに針の穴を通す正確さで空を射抜く。
「雷光一閃っ! ソニックムーブ!!」
高められた雷は光となり、フェイトの体目掛けて突き進む。
既に回避は不可能。高速を超える更なる高速を持って放たれた光は、そのままフェイトの体を貫き───弾け飛んだ。
「うわああぁぁ!!」
「エ、エリオ!?」
吹き飛ばされたのはエリオのほうであった。
回避不可能な状況で、圧倒的な力を持って放たれたはずの一撃を、何故かフェイトは弾き返したのだ。
「どうしてっ! あの状況で避けられるはずない!!」
「……ティアナだけだね、残ったのは」
「くっ!」
クロスミラージュを握る手が震える。
目の前にいるのは、常識外の怪物で、下手をするとなのは以上に対処できないものかもしれない。
「プラズマランサー」
三人が落ちた時点で、ティアナの運命も決まっていた。
銃弾が放たれるより早く、ティアナの体を貫いた電光が霧散していく。
「全員撃墜で、今日の模擬戦は終了だね」