「でもシグナムさん。作戦ってどうするんですか?」

 傷も癒え、しばらく実戦じみた訓練をした後、エリオが尋ねてきた。
 今までやっていたのは、普段とそう変わらぬ訓練で、特訓というほどのものではない。

「ヤツのライオットは超高速。お前のソニックムーブよりもさらに速いと考えられる」

「そうですね」

「だから、我々は一撃でテスタロッサを落とさなければならない。ヤツの動きが止まる瞬間を見切り、寸分の無駄もなくだ」

「……動き、止まりますかね?」

「止めるんだ。なんとしてもな」

 今だ私の頭には、明確な案が浮かび上がってこない。
 何か……あいつを止める術がないものだろうか。

「あ、シグナムこんなところにいたんだ」

「なのはか。どうかしたのか」

 扉を開けて入ってきたなのはは、何が楽しいのか終始笑顔だ。
 恐らくは今の状況を最高に楽しんでいるのだろう。

「ん、まずはフェイトちゃんに戦うことを了承させないとでしょ? お膳立てするから、その打ち合わせだよ」

「ああ、忘れていたな。して、どのようにするんだ?」

「まずは私とヴォルケンリッター、それとはやてちゃんで、フェイトちゃんにリミッターのことを問い詰める。んで、それを偶然聞いていたエリオが入ってきちゃって、フェイトちゃんに詰め寄るわけですよ」

「ぼ、僕が詰め寄るんですか?」

「ちょっとばかり本気でやらないと、フェイトちゃんは騙せないからね〜。んで、ルール違反のフェイトちゃんに『フェイトさんがルールを破るんだったら、僕も破らせてもらいますっ! 外出許可もなく人の部屋に泊まったりとかしちゃいますっ!』とか言って困らせよう」

「今の、僕の真似ですか……?」

「細かいことはどーでもいいの。んで、フェイトちゃんはそんなの認めないって言うだろうから、そしたら勝負! ってわけ。後はそこでシグナムを選べば万事OK」

「ふむ、よくもまぁ悪知恵が回るものだな」

 なのはが楽しそうだったのも分かる。
 あの時からそんなことを考えていたのだったら、それはもう心躍るような気分だっただろう。なのはとはそういう人間だ。

「あ、エリオ。別に私を選んじゃってもいいんだよ〜。もう、完膚なきまでに叩きのめしちゃうから」

「あはは……砲撃を避けきる自身がないのでやめておきます」

「ということは、決戦は明日以降と言うわけだな」

「うん。それまでに十分英気を養っておくことっ! ついでに必勝の作戦もあると心強いね」

 それが思いつかなくて悩んでいるのだが。
 案外、なのはに聞けばすぐに教えてくれそうな気もするが……。

「ん〜? 私に何か用かな」

「いや、やめておこう。後で何を請求されるか分かったものではない」

 言うなればなのはは悪徳金融機関のようなものだ。
 頼めば力になるが、その分請求が馬鹿高くなって帰ってくる。

「ふふふ〜んじゃ、また明日ねっ!」

 言うだけ言って、なのははさっさと退散してしまった。
 楽しそうで何よりだが、こちらとしてはあまり楽観できない状況だ。

「シグナムさん、いい作戦が思いつかないんですか?」

「そんな思いつめた表情をしていたか。困ったことに、これといって必勝の策など思いつかん。まったく、テスタロッサの強さは反則的だな」

「そうですね……本当に死角がないって感じです」

「こうしていても仕方がない、今日はもう解散としよう」

 考えてばかりいても、気が滅入るだけだ。
 まずは明日、テスタロッサをやり込めることから始めるとしよう。

「はい、それじゃあ……」

「ん、ああ、今日は自分の部屋に行ったほうがいいだろう。テスタロッサが余計な行動に出ないとも限らないからな」

 そう言うと、エリオは少し残念そうな表情をしていたが、仕方ないですね、と言いその場を去っていった。

「……ふん、ああいう顔をされると、悪いことをしたみたいじゃないか」

 昨日一緒にいた分、今日独りになるのが辛いのだろう。
 分かるが、分かるからこそ今日は一緒にいられない。

「ここを乗り越えれば、いくらだって一緒にいてやるさ。だから耐えろ」

 ……ふむ、これだけ聞くと、私がエリオと一緒に居たがっているようだな。
 確かにエリオは素直で礼儀正しい、騎士としても人間としても優秀だと思うが……。

「馬鹿な、何を考えている」

 頭を振り、乱れた思考を追い出す。
 私も疲れているのだろう。一晩眠れば、こんなことは考えなくなるはずだ……きっと。





「ね、眠れないくらいに悩んでしまったっ!」

 どうしよう、気になりだしたらとことん悩んでしまい、あらぬ妄想やあらぬ妄想が頭の中を埋め尽くしてしまった。
 そんな状況で眠れるはずもなく、悶々としたまま夜を越えてしまったわけだ。

「あぁぁ……私は、私は一体どうしてしまったんだ」

 自問自答しても始まらない。
 とにかく、この事を気取られぬよう、冷静に努めなければ。

「おっはよ〜シグナム!」

「シグナム、今日はやけに顔が赤いやん。ひょっとして恋でもしたん?」

「うわあぁぁぁ!」

 思わず地面に倒れこんでしまう。
 そ、そこまで私の表情は読みやすかったのか!?

「おやおや、その様子だと相当悩んでるみたいだね」

「うちもビックリや。いやぁシグナムはこんなんなってるところ見るの初めてやわぁ」

「見るなっ! こんな私を見ないでくれっ!」

「まっ、それも含めてシグナムを指名したんだしね」

「ちょ、なのはっ! その頃は別に好きでもなんでも……」

「え? アレですか、自分の感情に気づいてなかったと」

「うわぁ……守護騎士ともあろうものが、自己管理も出来へんの?」

「わあぁぁぁぁ!!」





「ふっ、私ともあろうものが、心無い言葉によって傷ついてしまうとは……」

「シグナムがそこまでウブだったことにビックリしてただけだよ」

「まぁ、男となんやかんやなんてなかったしな。仕方ないのかもしれんね」

「そ、そんなことはどうでもいいから、早くテスタロッサの元へ行こう」

「え〜なんか急かされるとやる気がなくなってくるなぁ」

「ホンマや。もう少しゆっくり……」

「キシャ───!!」

「ヒィ! シグナムがキれた!!」





 ……ここに来るまでの記憶が断続的にしかないのは何故なんだろう。
 とにかく、私、なのは、主はやて、そしてヴィータを除いたヴォルケンリッターが揃い、フェイトを囲んでいる。

「何か用かな。この顔ぶれで来るってことは、それなりに重要なことなんだろうけど」

「この前の模擬戦、見せてもらったよ。フェイトちゃん、リミッターはどうしたのかな?」

「…………」

 途端に黙り込むテスタロッサ。
 この期に及んで、言い訳することもないということだろうか。

「理由を聞かせて欲しいんだよね。リミッターを受けられない、その理由ってやつを」

「うちも別に怒ってるわけじゃないんよ。ただ、何でかっていう理由が聞きたいだけや」

 テスタロッサはこちらをジロリと見回し、諦めたようにため息をつく。

「もし、エリオやキャロに危険が迫った時、リミッターがあったら……。本当の力があるのにも関わらず、発揮できなくて守れなかったら……。そう考えたら、受けるわけにはいかなかった」

「随分と自分勝手な理由だな」

「それでも、守れないよりはいい! 大切な二人を守れないよりは!」

 拳を握り、歯を食いしばるテスタロッサを見ていると、それは正当な理由であるように思えてしまう。
 だが、それで流されてしまうわけにはいかない。と、いうより、そんな常套句で逃げられるほど、我々の包囲は甘くない。

「ふぅ〜ん、じゃあ別に守れればいいんだ。ふむふむ、じゃあ私だろうがはやてちゃんだろうが構わないわけだね」

「そ、そういうわけじゃ」

「だってそうでしょ、二人のことを守りたいからリミッターを受けられない。だったら守ればいいんだよね? うん、それなら話は早いね」

「うちとヴォルケンリッターのみんなで守っていけばええな。鉄壁の守りやし、フェイトちゃん一人で守るより、よっぽど効率がええな」

「主の命とあらば従います」

「元々私は、攻めるよりも守るほうが得意ですし」

「俺は家を守らせたら右に出るものはいないぞ」

「みんなも乗り気だし、問題はないね」

 勝手に話を進めていくなのは。この強引っぷりは、この先の流れを知っている私でもイラッとする。
 思わずボロを出してしまいそうになるほどに。

「ダ、ダメ───! エリオは私がずっと守るんだからぁ!!」

「……エリオだけなの?」

「う、うう〜〜〜!!」

 テスタロッサの『しまった、思わず本音が出てしまった』といった表情が、涙と共に溢れる嗚咽でより深く色づく。
 なんと言うか、非常に哀れだ。

「あっはは! フェイトちゃんの光源氏計画がついに露見しちゃったね!!」

 なのはは大笑いしながら、テスタロッサの肩をバンバン叩く。
 思いのほか、テスタロッサの抱えているものが大きく、予想以上にへこんでいる様だ。成すがままとなっている。

「(ん……そういえばこのタイミングでエリオが出てくるはずだったのは、どうするんだ)」

 扉のところを見ると、エリオが固まっていた。
 恐らく、テスタロッサの予想外な発言に驚いているのだろう。
 しかし、ここらで来てもらわないと打ち合わせどおりにならない。とりあえず、目で急かす。

「フェ、フェイトさん!!」

 その甲斐あってか、どうにかエリオが出てきてくれた。
 しかし、今の状況で何と言うのが最適なんだろうか。

「エ、エリオ、今の……聞いてたの?」

 フェイトが真っ赤になりながら、一瞬エリオのほうを見て、またうつむく。
 まるで乙女のようだ。そうしている様だけを見れば、勘違いされることも多いだろうが。

「あの、なんていうか、その……」

 案の定、何を言えばいいか分からなくなっているエリオ。あたふたしている様はやはりかわいいのだが、話が一向に進まないため、助け舟を出したほうがいいだろう。

「アカン、ショックが大きすぎて言語機能に障害があるみたいや。うちが翻訳したる」

 やけにノリノリの主。こういう時に任せるとロクなことになりそうにないが、本人が言い出したからにはやらせるしかない。

「ふむ……フェイトちゃんに束縛されてるのはたまらんと、自分ももう子供やないし、自立したいんやと」

「そ、そうなのエリオ……?」

「間違いない。うちはそういう特殊スキルを所有してるんや」

 なんと言う嘘だ。しかし、個人のスキル事情など誰にも知るはずはないし、そういう点ではいい嘘なのかもしれない。
 
「ダ、ダメだよ。いくら大きくなったからって、目を離してなんかいられないよっ!」

「むむむ。エリオは言うとるで。そんなん言うんやったら決闘や、僕の選んだパートナーと一緒にフェイトさんを破ってみせる! ってな」

 なのはに匹敵するほどの強引っぷりで、主は話をまとめていく。
 紆余曲折はあったものの、当初の予定通りの形となった。

「そこまで言うなら……。でも、パートナーって誰のこと?」

「ほら、ここからは自分の口で言うんや。カッコよく決めや」

 ポン、と背中を押され、エリオはテスタロッサの前に出る。

「僕は、シグナムさんと一緒に戦います! そして、必ずフェイトさんを倒します!!」

 ドキッとした。凛とした顔のエリオは、心を締め付けるくらいに男の顔で、普段可愛らしく眺めていたものだけに、そのギャップがすさまじい。
 だが、ここで頬など赤らめていては、またからかわれるだけだ。

「承知した。テスタロッサ、お前とは色々と因縁もあるわけだが、ここで全てに蹴りをつけようと思う。この勝負、受けるか?」

 エリオの右隣に並び、レヴァンティンを突きつける。

「シグ、ナム……ふふ」

 予想外の反応に、私は少し戸惑う。
 何故そこで笑えるんだ。

「なるほど。ああ、なるほど。娘さんを僕に下さいって言われる父親の心境がよく分かったわ」

「何を言っている?」

「つまりはっ! 私からエリオを奪いたいってことでしょっ!! シグナムが、私からっ!!」

「なッ……」

 突然の反撃に声が出ない。
 テスタロッサの発する殺気とか、怒りの波動だとかが激しく私を締め付けているし、何より……。

「(私自身、本当にそんな気がなかったかと聞かれたら、素直に頷けないからな)」

「いいよ、私が負けたら好きにすればいい……。でも、私は負けないよ。必ず勝って、エリオの貞操を守るんだからぁ!!」

 そう言うとテスタロッサは、逃げるようにその場を去っていった。
 今日はこの後会うことはないと言えど、どうにも気まずい。何が気まずいって、逃げ出したテスタロッサはいいが、残された私がだ。

「あらら〜大変なことになっちゃいましたね、シグナム」

 こういう話には聡そうなシャマルがまとわり付く。
 ザフィーラはどう反応したらいいのか分からず、頬を指で掻いている。

「ええい、まとわりつくな。テスタロッサがどうあれ、私は全力を尽くすのみだ。なぁ、エリオ」

「いやぁ僕は渦中の人間なので、そうあっさりと流すわけにも行かない次第でして……」

「流せ。忘れろとまでは言わんが、ここは流せ。出ないとなのはたちがあらぬ噂をすぐに広めるぞ」

「ちぃ、バレてたか」

 当たり前のように号外として今の話を記事にしていたなのは。まったくもって、油断も隙もない。

「それじゃ、うちらは退散するとしますか。シグナムもエリオも、今日はしっかり訓練しておいたほうがええよ。多分、明日にでもフェイトちゃんが吹っかけてくるからな」

「私たちの力、絶対に無駄にしちゃダメだからね、エリオ」

「はい! なのはさんの力は、ちゃんとこの左手に篭ってます。だから、僕はずっとなのはさんと一緒に戦えてる気分で……心強いです!」

「あう……そういうことを真顔で言わないの」

「おやおや、なのはちゃんともあろう人が照れていらっしゃる」

「も〜はやてちゃんうるさいっ! 実は私の友達じゃないくせに」

「そんな昔の話を引き出すなや……というか、よく友達の友達なんて、微妙なところの人間にお見舞いする気になったね」

 そのまま談笑しながら、一向は去り、ここには私とエリオの二人だけになる。
 
「エリオ、まぁ、大変なことになってしまっているが……平気か?」

「はい。どんな時でも、やることは一つですから」

 ストラーダを握り、くるりと手の中で一回転させる。
 
「そうだな。何が何でも、倒せばそれでいい。この戦い、必ず勝つぞ」

「はい!」

 気合も新たに、私たちは対テスタロッサ戦の作戦を練る。
 攻撃に偏ったヤツのことだ、どこかで隙が出るはずだ。そこを逃さず、一撃で決めることが出来ればいい。

「そういえば、左手がどうとか言っていたな」

「はい、まるで利き腕みたいによく動くんですよ。電気放出も、いつも以上に強いみたいで」

「ほう、あの儀式の影響というわけか。……両手が自由になり、力もいつも以上に出ると」

 もしかしたら、これは使えるかもしれない。
 エリオでは一撃必殺とならなかったとしても、私ならば……。

「よし、作戦が浮かんだぞ!」

「本当ですか!!」

「ああ、しかし、これは二人の呼吸が重要になる。エリオ、私について来れる自信はあるか?」

「もちろんですっ! シグナムさんからも力を貰っているんですから、負けるわけには行きません!」

 剣と槍が交差しあい、響き渡る金属音。
 一撃一撃を放ち、受けるたび、互いの心が読み取れる。
 こうして打ち込み合うことで癖や力量を測り、明日の決戦に備える。学習しておくということだ。
 
「エリオ、お前の雷撃を打ち込んでみろ」

「はいっ!」

 右手から放たれた雷が、私の体目掛けて走る。
 それを私は自らの拳で受け、そこに魔力を集中する。

「はぁぁぁっ! はぁ!!」

 右拳が白い閃光に包まれる。拳は熱いが、耐え切れないほどではない。

「す、すごい……僕の雷を完全に受け止めてる」

「まだだ! 左手の分も撃て!」

 二発目。今度も右拳で受け、力をさらに増加させる。
 拳にかかる負荷は大きくなり、熱量は加速度を増していく。

「シグナムさんっ!」
 
「大丈夫だ。私の炎とお前の雷、相性はそう悪くないようだ」

 次第に雷は私の一部へと変化し、私自身の燃え盛る炎と同化する。
 相変わらず熱いが、この程度で音を上げているようでは、まだまだ勝てない。

「雷撃昇華、炎熱融合……。もっとだ、もっと熱くならねば、あの女の壁は貫けないっ!!」

 全身の炎を拳に集中する。雷撃で受けた熱を逃がさず、それを媒体としてさらなる熱を持つように、魔力も調整する。

「……これが、私たちの最高の技だ」

「く……っ。これだけ離れているのに、まだ熱さを感じます!」

「完成だ。これがあれば、ヤツを葬ることが出来るっ!」

「やりましたねシグナムさん!!」

「ああ、やってやったともさ! エリオ!」

 勝利への片道切符を手に入れた私たちは、はたから見てもアホかと思うくらいにはしゃいだ。とにかくはしゃいだ。

「あっはっは! レヴァンティンで魚が三枚下ろせるぞ!!」

「出た! わけのわからない特技っ!」

 はしゃぎすぎて、魔力全開だったことも忘れていたが、とにかくはしゃいだ。力いっぱいはしゃいだ。
 結果、はしゃぎすぎて訓練以上に疲れてしまった。

「ハァ……ハァ……エリオ、明日は、絶対勝利だ」

「は、はい……もちろんです」

 決戦は近い───。





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